頑張るほど整わないことがある
―力を入れることと、安定することは同じではない―
こんばんは。
名東区・本郷駅前で「100歳まで歩ける体づくり」をサポートしている、本郷駅前整体アマの井上です。
倒れそうになったとき、人は反射的に体に力を入れます。
グッと足を踏ん張る。
肩にも力が入る。
息を止めて、なんとかその場にとどまろうとする。
一瞬なら、それで体を支えられることもあります。
では、ずっとその状態でいたらどうでしょう。
おそらく、安定する前に疲れてしまいますよね。
体を支えるためには力が必要です。
でも、力を入れ続けることと、安定していることは同じではありません。
今日はそんな話です。
例えば、電車の中で立っている場面を想像してみてください。
揺れるたびに足を固めて、全身に力を入れていたら疲れます。
一方で、電車の揺れに合わせて足首や膝、股関節が動けば、多少の揺れには対応できます。
どちらも倒れないように立っています。
でも、やっていることはまったく違います。
一方は動かないように固めている。
もう一方は動きながら戻っている。
安定性というと動かないことを想像しがちですが、本当の安定は変化に対応できることです。
これは日常の動きでも同じです。
歩いているとき、地面はいつも平らとは限りません。
少し傾いていたり、段差があったり、柔らかい場所もあります。
そのたびに体は小さく調整しています。
足首が動く。
重心が移る。
目や耳から入ってきた情報に合わせて、次の一歩を変える。
私たちはそうやって動き続けながらバランスを取っています。
だから、安定しようとして体を固めすぎると、かえって変化に対応しにくくなることがあります。
頑張っているのになぜか動きにくい。
力を入れているのにどこか不安定。
そんなときは力が足りないのではなく、力の使い方を見直した方がいい場合があります。
これはヨガのポーズでもよくわかります。
バランスのポーズでグラッとすると、
「もっと頑張らなきゃ」
と足やお腹に力を入れたくなります。
もちろん必要な力は使います。
でも、すべてを固めれば安定するわけではありません。
足裏の変化を感じながら、少し揺れてまた戻る。
呼吸を止めずそのときの状態に合わせて調整する。
ヨガで求めている安定は、石のように動かないことではなく、変化の中でも自分を見失わないことです。
ヨガ哲学には、アビヤーサとヴァイラーギャという考え方があります。
アビヤーサは、繰り返し実践すること。
ヴァイラーギャは、結果への執着を手放すこと。
続けることは大切です。
でも、
「絶対にできるようにならなければ」
「もっと頑張らなければ」
と結果を握りしめすぎると、体も心も固くなります。
続けるけれどしがみつかない。
努力するけれど、力ずくで何とかしようとしない。
一見すると反対のようですが、この二つは一緒にあるからこそ意味があります。
頑張ることが悪いわけではありません。
必要なときに力を使えることは大切です。
ただ、安定とはずっと力を入れて動かないことではありません。
変化を感じその変化に合わせて調整し、また戻れること。
体も日常も、いつも同じ条件ではありません。
だからこそ、必要なのは変化しない強さではなく、変化に対応できる安定性です。
頑張ることと手放すこと。
動くことと戻ること。
その両方を持っている体は、環境が変わっても対応できます。
100歳まで元気に歩ける体づくりも、ただ強い体を作ることではありません。
変化の中でも自分を調整しながら、また次の一歩を出せること。
私たちは、そんな体を育てていくことが大切だと考えています。
名東区本郷駅前
本郷駅前整体アマ
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